外資によるサラ金業界参入

外資系金融による国内サラ金業界参入の影響

昭和40年代半ばから50年代初頭にかけて、当時の上限金利であった109.5%もの高金利でぬくぬくと肥え太っていたサラリーマン金融業者に対する世間の目は冷ややかなものでした。そして昭和52年に入ると外資系金融による業界参入が相次いで行われました。

外資系金融はいずれも海外では大手に属する企業で、資本力は日本の業者よりはるかに高く、国内の業者が戦々恐々としていたことは容易に想像できます。時系列順で参入御者を紹介すると以下のようになります。

  • 昭和52年 7月:アブコ・フィナンシャル・サービスINC(日本名:アブコ・ファイナンス・サービス)
  • 昭和53年 4月:ハワイ・スリフトアンドローン(日本名:ジャパン・ハワイファイナンス)
  • 昭和53年 8月:セキュリティ・パシフィッククレジット(日本名:日本セキュリティ・パシフィックファイナンス)
  • 昭和53年 8月:ベネフィシャル・コーポレーション(日本名:ベネフィットファイナンス)
  • 昭和53年 9月:ハウスホールド・ファイナンス(日本名:日本ハウスホールド・ファイナンスコーポレーション)

国内業者よりも低金利で貸し出す外資系業者

昭和53年当時の出資法で定められていた上限金利は109.5%で、国内のサラ金業者も100%を超えるような金利で貸し出していました。しかしそういった高金利が認められていた国内の情勢について、外資系の金融業者はいずれも疑義の眼差しで見ていたようです。なぜならば、そのような高金利が認められている近代国家は他に例がなく、まさに日本国内のみで通用する金利だったからです。

最大手であったアコム(当時の名称はマルイト)や武富士なども例外ではなく、70%を超える金利をとっていたわけですが、外資系は当初から50%を切る金利を打ち出してきます。外資系にとってみればそれでも高く感じていたと考えられるものの、国内業者にとってみれば破格の金利と感じたようです。自分の会社の設定金利の半分の金利で貸し出すというのですから穏やかではいられません。

以下は昭和52年当時の主要サラ金業者の貸し出し金利です。

  • マルイト(アコム)・・・・・・・91.25%
  • プロミス・・・・・・・・・・・・91.25%
  • 武富士・・・・・・・・・・・・・91.25%
  • 日本アブコファイナンス・・・・・48.0%
  • ジャパン・ハワイファイナンス・・48.0%
  • 日本セキュリティ・クレジット・・48.0%
  • 日本ベネフィットファイナンス・・48.0%

国内業者への影響

国内のサラ金業者も、外資系サラ金による低金利路線を黙ってみているわけにはいきません。こぞって利下げ競争に走ることとなります。口火を切ったのは当時業界三位に位置していた武富士です。昭和53年6月24日に貸し出し金利をそれまでの91.25%から62.05%に切り下げます。

更に7月1日は業界1位のマルイト(現在のアコム)が54.75%にまで金利の引き下げを発表します。更に8月24日には業界二位のプロミスが47.45%にまで引き下げを打ち出してきます。

まさに大手同士の血みどろの争いと形容してもいいでしょう。

利下げ競争のトップに位置するプロミスが金利の引き下げを決断したのは昭和52年秋と言われています。52年度は前年と比較して新規利用客が三割も減り、52年度も同様に減少していることが分かったからです。これは外資系による低金利路線の影響をもろに受けたといっていいでしょう。